大判例

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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)12072号 判決 1972年2月29日

原告

北沢憲一郎

右訴訟代理人

佐藤寛蔵外一名

被告

中地典子

右訴訟代理人

大政満外二名

主文

被告は原告に対し金弐百九拾万六千九百八拾円およびこれに対する昭和四拾年拾壱月壱日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分しその壱を原告の、その余を被告の負担とする。

本判決は原告勝訴部分につき仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求める裁判<省略>

二、原告の主張

(一)  請求原因

1  原告の業務

原告は建物建築請負業を営む商人である。

2  請負契約の成立

原告は昭和四〇年二月七日被告の注文により東京都港区麻布飯倉片町三三番二所在宅地56.65坪(187.27平方メートル)上に木造瓦および亜鉛メッキ鋼板葺、鉄筋コンクリート造地下一階付二階建旅館一棟床面積一階147.16平方メートル、二階149.94平方メートル、地下一階26.84平方メートルを材料原告供給、代金一二、〇〇〇、〇〇〇円で建築することを請負つた。

3  右契約中冷暖房工事処分の変更協議

原告は同年三月下旬ころ被告と合意の上、右請負金額中冬暖房工事費用分として計上されていた六八〇、〇〇〇円をもつてしては到底約定の冷暖房費用工事の費用を賄えない関係上、前記請負代金一二、〇〇〇、〇〇〇円から右費用六八〇、〇〇〇円を控除した残額一一、三二〇、〇〇〇円をもつて冷暖房工事以外の請負工事代金とし、冷暖房工事代金については改めて別途協議することとした。<中略>

4  浴室修補費用

水もれのためさらに一階土台がしめり白ありに食害されるとの事態を招き、ここに被告は昭和四五年五月二八日から同年七月二〇日ころまで右各室の浴室の水もれ防止、土台とりかえ、水道設備とりかえ等のため、左記工事をなさしめ、又は左記の者から左記の材料を買い入れ、その代金として左記の金額(単位円)を支出した。その合計額は一、四二〇、七四五円である。

(イ)村上房雄 各室浴場のタイル工事

一、〇〇〇、〇〇〇

(ロ)南場某 右室の大工工事

三〇、五〇〇

(ハ)常盤工業有限会社 水道設備取りかえ

一〇五、〇〇〇

(ニ)京和木材株式会社 木材

五三、三二〇

(ホ)山田善 浴室解体等とび職の仕事

一〇三、九〇〇

(ヘ)佐久間某 ブリキ工事 九、五〇〇

(ト)柏倉祐吉 建具 一二、〇〇〇

(チ)林某 ガラス 四、六〇〇

(リ)小野寺某 左官 七、〇〇〇

(ヌ)有限会社竹入商店 釘等の材料

二、〇二五

(ル)馬場商工株式会社 ベニヤ板

一、八〇〇

(ヲ)土橋某 左官材料 六〇〇

<中略>

(三)  抗弁その二(修補)

1  建築基準法違反以外の瑕疵修補請求

被告は昭和四一年四月原告に対し前記瑕疵につき左記のように修補を請求した。

(1) ふじ、らん、あざみ、はぎぎの各室の浴室工事(前記(二)1(1))につき浴室を解体し、銅板と充分な厚さのアスファルトとを用い、タイルを張り、入口敷居巻をすること。

(2) 冷暖房工事(前記(二)1(2)(1))につき雑音防止のため適当な太さのパイプを配管し直すこと。

(3) 給湯設備(前記(二)1(4))につき残り管を新設すること。

(4) 一階客室ばらの外壁モルタル(前記(二)1(5))につきこれを塗り直すこと。

(5) 二階客室きく、ふじ前の廊下の那智石のはがれたもの七坪分(前記(二)1(6))につきこれを修復すること。

(6) 立といから下水に雨水を導く設備(前記(二)1(7))をすること。

2  建築基準法違反の瑕疵修補請求

(1) 第一次検査

被告は昭和四〇年六月二八日麻布消防署消防士長伊藤清光から東京都火災予防条例五六条三項にもとづき、防火対象物である本件建物につき立入検査を受けた結果、左のとおり建築基準法令上の基準に適合しない部分を指摘され、同署長からその是正を指示されたので、直ちに原告あてその修補を請求した。

(ⅰ) 建物外壁面開口部は規定の防火戸を用いていないので、これを用いるようにすること。

(ⅱ) 二階部分防火上重要な間仕切が梁上にのみ存し不完全であるから、これを完全にすること。

(ⅲ) 温水ボイラーの届出がないので、届出をすること。

(2) 第二次検査

被告は昭和四二年四月一二日麻布消防署消防士大島光次から消防法四条にもとづき、本件建物につき立入検査を受けた結果、左のとおり防火上の不信および未届の事実を指摘され、その是正を求められたので、直ちに原告にその修補を請求した。

(ⅰ) 避難口誘導灯は非常電源を有する規格の物を用いていないので、そのように改修すること。

(ⅱ) 温水ボイラーにつき所定の様式による消防署への届出が未了であるから、これを行なつて検査を受けること。

(ⅲ) 温水ボイラーに使用する燃料の貯蔵取扱いにつき消防長への届出が未了であるから、これを行なうこと。

(ⅳ) 非常口に設けてある戸は容易に開放できる講造でないので、これをそのように改めて、外開きとし、かつ避難上有効に管理すること。

(ⅴ) 非常口等の鍵は内部から容易に操作できるよう施工されていないので、そのように改めること。

(ⅵ) 燃焼のおそれのある開口部に規定の防火戸が設けられていないので、これを設けること。

(ⅶ) 二階部分防火上重要な同仕切の構造が不完全であるから、完全にすること。

(ⅷ) 地階調理場と一階部分とは防火上有効に区画されていないので、出入口戸および天井等につきこれをすること。

(ⅸ) ビニールコード配線は正規の工法にもとづいていないので、これをそのように改めること。<後略>

理由

一請負契約の成立

(一)  原告の業務、請負契約の成立

原告の主張(一)1ないし3は争いがない。

(二)  右契約中冷暖房工事部分の変更

<証拠>および前記争いない事実をあわせれば、原告は二級建築士であるが、被告の注文により右建物中木造部分の設計建築を冷暖房工事も含め一括して請負い、その際冷暖房工事費用を六八〇、〇〇〇円と見積つていたのであるが、工事進行に伴い、右金額では到底右費用をまかなえないことが判明し、同年三月下旬ころ被告と合意の上、右建物請負代金一二、〇〇〇、〇〇〇円から右費用六八〇、〇〇〇円を控除した残額一一、三二〇、〇〇〇円をもつて冷暖房工事以外の部分の請負工事代金とし、冷暖房工事代金については改めて別途協議するものとしたこと、原告は同年四月三芝に右冷暖房工事一切を代金三、〇〇〇、〇〇〇円をもつて下請させたが、その際冷暖房を動かす動力工事を三芝に下請させることなく、右建物のその他の電気工事を原告から下請していた福井電業社に一六五、〇〇〇円で下請させたこと、このため原告は被告と冷暖房工事分として前記請負代金一一、三二〇、〇〇〇円に三、二二八、八五〇円を加算する旨合意したことをそれぞれ認めるに足りる。<証拠判断省略>

(三)  地下室等工事、電話工事

原告が同年中被告の注文により右建物に地下室、女中室を築造すべき旨の追加工事を代金四〇二、〇〇〇円で請負い、かつ室内電話工事も請負つたことは争いがない。<証拠>をあわせれば、原告と被告とは右電話工事代金を三四〇、〇〇〇円と約定したことを認めるに足り、<証拠判断省略>。

(四)  代金総額

よつて右請負代金総額は一五、二九〇、八五〇円となる。

(五)  建物完成引渡

原告が昭和四〇年六月頃後記瑕疵を除き右建物を完成したことは<証拠>により明らかであり、原告が同月末被告にこれを引き渡したことは争いがない。

(六)  請負残代金

原告の自認する弁済額一一、七〇〇、〇〇〇円を控除すれば請負残代金は三、五九〇、八五〇円となる。

二工事の瑕疵とこれにもとづく損害賠償、修補

(一)  瑕疵の有無

1  浴室

<証拠>をあわせれば、昭和四〇年六月末右建物引渡直後、二階の各浴室の床張とくにタイルの目地アスファルト防水の不完全のため浴槽等から水がもり、水滴が階下各室にまで落ちたこと、一階の各浴室からも同様の原因で水がもつたことが認められる。これは浴室の使用方法の不適切と認められるような事情の見えない以上、浴室工事の瑕疵といわざるを得ない。

2  冷暖房設備

(1) 雑音

<証拠>をあわせれば、右冷暖房設備は冷水又は温水を循環させかつ各室でファンを廻す仕組である関係上、一般的にいつて若干の雑音を発するのが通常であり、右建物中若干の室において冷暖房運転時に雑音を発し、宿泊客から苦情が出たことが認められる。しかし右冷暖房機器の一般的性能からみてその雑音の音質音量が工事の瑕疵といいうる程に達していたと認めるに足りる確証はない。

(2) 結露

<証拠>をあわせれば、右建物引渡直後冷暖房設備を運転すると、防露設備が不充分なため、水滴が管に付着し階下天井壁等に落下するに至つたこと、原告は引渡直後被告の修補要求に応じ右工事の施工者であつたイノセを派遣して、あらたに管に岩綿を巻かせたこと、この工事は二日間を要し、その後結露による水滴落下はなくなつたことが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。

右事実によれば防露設備に瑕疵があつたけれども原告は修補請求に応じ遅滞なくこれを修補したというべきである。

(3) エアー抜き、ストップバルブ

<証拠>をあわせれば、右冷暖房設備にはエアー抜きが一か所だけ設けられている関係上、湯の廻りが若干おそくなること、各室にストップバルブが設けられていない関係上、故障修理の際に全館の冷暖房を一時停止しなければならないことが認められる。

<証拠>によれば、原告は前記のように冷暖房設備の工費見積を改訂した際、被告から費用の節減を要望されていた関係上、被告の承諾を得てエアー抜きを一カ外とし、ストップバルブを設けなかつたが、これにより冷暖房設備の使用に著しい支障を生ずるものでないことが認められる。よつて右をもつて工事の瑕疵とすることはできない。

(4) タンクとパイプとの不釣合

右冷暖房設備につきタンクの大きさとパイプの太さとが不釣合であるとの点につき<証拠>は、<証拠>に照らし採用し難く、その他これを認めるに足りる確証はない。

3  タンク台

<証拠>をあわせれば、屋上の給水給湯タンク台が木材をもつて製作されたことが認められる。

しかしタンク台に木材でなく鉄骨等を用いるべき旨の約定があつたと認めるに足りる証拠はないので、タンク台が木材であつたからとて、これが工事の瑕疵であるとは断定できない。

油タンクの位置の選定につき瑕疵ありと認むべき証拠はない。

4  給湯設備帰り管

<証拠>をあわせれば、給湯設備に帰り管がないので湯が常時循環せず、出湯の際まず冷水若干が出ることが認められる。

湯が直ちには出ないことは旅館営業上望ましくないことであるが、<証拠>によれば、原告は前記のように冷暖房設備の工費見積を改訂した際、被告から費用の節減を要望されていたので、被告の承諾を得て帰り管を設けなかつたことが認められるから、はじめに冷水若干が出るにせよ、結局湯が出る以上、右は工事の瑕疵とはいえない。

5  客室ばらの外壁モルタル塗

<証拠>によれば、一階客室ばらの窓および床に水がもれたことが認められるが、その原因が果して外壁モルタル塗の不完全にもとづくものか、又は前述の浴室工事の不完全にもとづくものかは明らかでない。従つて外壁モルタルに瑕疵ありとは断定できない。

6  廊下那智石

<証拠>によると、二階客室きく、ふじの前の廊下の床に固定した那智石の一部がはがれていることが認められるが、これがいつどのような機会にどのような原因ではがれたのか明らかでないから、このことが工事の瑕疵によるものであると即断はできない。

7  といから下水までの導水設備

<証拠>によると、立といの下はコンクリートたたきになつており、そこから雨水を下水に導く設備設備がないことが認められる。しかしこれを施工する旨の合意ありと認められない以上、このことをもつて工事の瑕疵であるとはいい難い。

8  浄化槽届出

浄化槽および消防に関する届出を原告においてなすべき旨約したとの証拠はなく、又原告がかような届出をしなかつたからとて工事に瑕疵ありとはいえない。

9  建築基準法違反

(1)  建築基準法と請負契約

建築基準法は建築物の構造設備等に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とし(同法一条)、建築主に一定の建築物につき着工前にいわゆる確認を義務づけ(同法六条)、建築主に対し完工後建築主事から検査済証の交付を受けて後その使用を許容し(同法七条)、特定行政庁は法定の基準に違反した建築物につきその建築主、請負人に対し工事の施工の停止又は違反の是正のため必要な措置をとることを命じることができ(同法九条)、法定の基準に違反した建築につき関係者に刑罰が科される(同法九八条ないし一〇二条)のである。また建築士法一八条は建築士が設計を行なう場合においては、これを法令又は条例の定める建築物の基準に適合するようにすべき旨を定める。しかしながら、建築基準法所定の最低基準に達しない建築設計工事等の請負契約はその部分につき無効であり、その場合において無効となつた部分は同法に定める最低基準による旨の規定(労働基準法一三条参照)は存しない。それにしても建築主は建築基準法の定める建築基準法の定める最低基準に達しない建築設計につき着工前記建築確認を得られず、又同様の建築工事につき完工後検査済証の交付を受けられず、その使用を許されないのであるから、かような設計および工事によつては、設計請負契約、工事請負契約をした目的を遂げることはできない、従つて建築主は自らその専門家でない限り、専門家として建築基準法等に通じ建築士に設計等を請負わせ同じく登録建設業者に工事を請負わすのである。

このような次第で、設計請負契約、工事請負契約において、請負人が建築士(建築士法一八条参照)、登録建築業者であり、しかも契約の目的、内容等諸般の情況に照らし、契約当事者がとくに建築基準法の定める最低基準と異なるような設計、工事を契約したと認められるような特段の要請のない限り、解約当事者は同法所定の最低基準による意思を有したと推認するのを相当とする。

(2)  建築基準法所定の最低基準

<証拠>を総合すれば、右建物は準防火地域に存在し、旅館の用途に供するが、耐火又は簡易耐火建築でないことが認めるから、

(ⅰ)  建築基準法二条六号、六四条(その引渡当時である昭和四〇年六月末日施行されていたもの。以下同じ)所定の外壁開口部で延焼のおそれのある部分に同法施行令一〇九条一一〇条所定の防火戸を用いなければならず、

(ⅱ)  同令一一四条に従い防火上主要な間仕切壁を耐火構造又は防火構造とし小屋裏又は天井裏に達せしめなければならず、

(ⅲ)  同令一二三条一項六号に従い非常口に設けてある戸は避難の方向に開くよう(外開き)にすべきである。

(3)  契約内容

原告は被告から右建物の設計および建築を一括請負つたものであるが、前記のような特別事情は認められないから、右三項目は原告と被告との間の設計工事契約の内容となつていると解せられる。

(4) 違反内容

(ⅰ) <証拠>をあわせれば、原告は右二(一)9(2)(ⅰ)に違反して右建物外壁開口部中延焼のおそれのある部分に法定の防火戸を用いなかつたことが認められる。

<証拠>により、右建物は幅員約四メートルの道路に東面していることが認められるので、右道路中心線から右建物東壁まで同法二条六号所定の距離を存するか否かは明確でない。従つて右建物東壁が延焼のおそれある部分に属するとは確認し難い。その他の部分についても同条同号に該当するか否か個別的に確認すべき証拠はなく、ただ<証拠>によれば、右建物外壁開口部のいずれかが同条同号にいう延焼のおそれある部分に該当することだけは明らかである、結局右建物中同条同号に該当する部分を特定できない。

(ⅱ) 右二(一)9(4)(ⅰ)冒頭記載の証拠をあわせれば原告は二階部分の防火間仕切壁工事を耐火ボードを使用して施工したものの右二(一)9(2)(ⅱ)に違反して梁上以外の部分が不完全であることが認められ、<証拠判断省略>。しかし梁上以外の部分がどのように不完全であるかを確認するに足りる証拠はない。

(ⅲ) 右二(一)9(4)(ⅰ)冒頭記載の証拠をあわせれば、原告は右(二)(一)(2)(ⅲ)に違反して非常口の戸を内開きにしたまま右建物を引き渡したことが認められる。

(ⅳ) <証拠>をあわせれば、被告は昭和四〇年六月二八日および昭和四二年四月一二日所轄消防署から立入検査を受け右の違法を指摘され、その是正を命ぜられたことが認められる。

(5) 瑕疵

以上説明のとおり防火戸を使用したいことについては当該部分を特定できず、間仕切壁については瑕疵の内容も明らかでないが、非常口の戸の内開きは工事の瑕疵といい得る。

(6) その他の違反内容

被告主張のその余の建築基準法に違反するという建物部分(被告主張(三)2参照)がいずれも原告において請負つた工事に属するとか、原告が、被告主張の届出をすることを承諾したとかの確証はなく、かえつて<証拠>によれば、むしろ事実はこれと逆であることが明らかである。

10  まとめ

右認定によれば、原告の請負つた工事の瑕疵は浴室から水がもれることと、階下客室ばらに雨水か浴槽の水かがもることと、建築基準法に違反して非常口の戸が内開きになつていることである。このほか冷暖房配管の防錆工事の瑕疵もあるが、これは引渡後二日間位で修補を終えたものである。

(二)  右瑕疵にもとづく損害

1 客室使用不能による逸失利益

<証拠>によれば、階下客室のうちうめ、ばらの二室は前記水もれのため昭和四〇年七月の建物引渡旅館開業以来、それぞれ二か月間使用できなかつたこと、二階客室すみれ、らん、はぎ、あざみはその附属浴室の水もれのため一か月間その使用に制約を受けたこと、その宿室の使用料はうめ、らん、はぎにつき一日当り三、〇〇〇円、その他につき二、七〇〇円であることが認められる。<証拠判断省略>

ところで一般に旅館は特段の事情なき限り常時満室ということはなく、まして右旅館は開業早々であるからかりに右瑕疵がなくても連日右室がすべて客に使用されたとはいえない。

よつて右使用期間中瑕疵がなければ客に使用させることができたと考えられる日数をうめ、ばらにつき二〇日、その他の室につき一〇日とし、必要経費を各室につき一日、一、五〇〇円とみれば、これらの室につき右日数に応じた得べかりし利益は合計一〇八、〇〇〇円となる。

2  水もれによる汚染損物の洗たく費用

<証拠>によれば、右浴室からの水もれにより階下に格納してあつた浴衣、敷布がぬれ、被告は昭和四〇年夏ころこれを洗たくさせ、その代金として一四、九〇〇円を支出したことが認められる。

3  水もれによる火災感知器調査費用

<証拠>によれば、右水もれにより火災感知器が故障し、被告は昭和四一年三月昭和電設株式会社をしてこれを調整せしめ、その代金として二、〇〇〇円を支払つたことが認められる。

4  水もれによる壁の塗装費用

<証拠>によれば、右浴室からの水もれにより壁の塗装に損傷を生じたので、被告は昭和四一年三月から五月にかけてこれを塗りかえその刷毛、塗料代として五、九七〇円を支出したことが認められる。

5  水もれによる二浴室修補費用

<証拠>をあわせれば、原告は昭和四〇年六月末引渡直後より被告から浴室の水もれ修補を要求され、昭和四一年三月ころ費用原告負担の約で越前タイルこと某に二階客室すみれ、きくの各浴室につきタイル張りかえ等の補修工事をなさしめ被告はその代金として五三、〇〇〇円を立替支払つたことが認められる。<証拠判断省略>

6  水もれによる九浴室修補費用

(1)  除斥期間

被告は昭和四五年五月から八月にかけて浴室を解体、修補した費用を請求する(被告主張(二)2(1)参照)。これは修補に代る損害賠償である。<証拠>をあわせれば、浴室の存する部分は木造であることが認められるから、その損害賠償請求権の除斥期間は建物引渡の時である前記昭和四〇年六月末から五年経過した昭和四五年六月末までである。しかるに被告がこの権利をはじめて行使したのは昭和四五年一〇月二六日の本件口頭弁論期日においてであるが、<証拠>によれば、被告は昭和四〇年六月末右建物の引渡を受けた直後浴室の水もれを発見し、直ちに原告あてその修補を請求したことが認められる。

瑕疵の修補請求と修補に代る損害賠償請求とは、択一的関係に立つとはいえ、いずれも建物工事の瑕疵担保責任にもとづき、後者は前者に代るべきものであるから、注文者が右除斥期間内に修補請求権を裁判外で行使すれば、右除斥期間経過後でしかも修補請求後相当期間経過後に修補に代る損害賠償を請求しても除斥期間を徒過したことにならないと解すべきである。

従つて被告は除斥期間内に瑕疵担保にもとづく修補請求権を行使したから、これに代る損害賠償請求権の行使がその期間経過後であつても妨げないというべきである。

(2) 修補費用

<証拠>によれば、右客室すみれ、きくの修補も右二室を含め各浴室からの水もれが絶えず、被告はその都度タイル目地を詰めるなどの応急修理をしたが一向に改善されないので、昭和四二年一月岡庭啓司に修補の見積りをさせたところ、「浴室四室については解体の上、改めて銅板、防水アスファルト等を床張に用い、タイル仕上とし、入口に敷居梁をすることにより水もれを完全に防止しうるが、その工費見積は一、三〇一、四〇〇円である」旨の回答を得たこと、被告は着工を依頼せず引きつづき応急修理で間に合わせていたが、ついに昭和四五年六月階下全浴室(四室)二階客室すみれ以外の全室の浴室(五室)の解体再建を決意し、村上房雄にタイル工事、南場某に大工工事、常盤工業有限会社に水道工事、山田善にとりこわし等のとび工事、佐久間某にブリキ工事、柏倉祐吉に建具工事、林某にガラス工事、小野寺某に左官工事をそれぞれ請負わせて右各浴室を解体したところ、原告がラスボードの上に直接セメントをぬりアスファルト防水を不完全にしていたこことと、土台に白ありの食害があることとが判明し、改めて右各請負人をして木枠を組み、防水セメント、ゴムを用いて床張を行なわせ、従前のタイルのほか大理石鉄平石を張り、大工、水道、ブリキ、建具、ガラス、左官工事も施工させ、この機会にシャワー、手洗器、洗面器、便器等もとりかえさせたこと、被告は右各請負人に対する代金および自ら買い求めた木材釘等の材料代金として被告主張の各金額((二)2(ⅰ)(ⅷ)(イ)ないし(ヲ))合計一、三三〇、二四五円を支払つたことがいずれも認められる。

(3)  損害額の算定方法

このような請負工事の修補に代る損害賠償において、損害額の算定時期は当初の修補請求のときすなわち昭和四〇年七月ころと解される。従つて、前記岡庭の回答および村上らの修補工事はそれより一年半ないし五年後であるから、この間における建築資材および労務賃金の急激な値上りを考慮しなければならない。

岡庭の回答のみについて検討すると、ここでは床張に銅板を用いるものとしているが、村上らの修補はこれを用いたとの証拠はなく、銅板は水もれの修補に必ずしも必要でないと考えられる。

村上らの修補工事のみについて検討すると、土台の白あり食害部分も取りかえられているが、これが水もれに起因するとの確証はなく、また浴室の総タイル張を改めて鉄平石、大理石も使用し、シャワー、手洗器、洗面器、便器、建具、ガラスも新品にとりかえられているけれども、これらに使用した材料費、労務賃金は旅館営業に不可欠な営業政策上の模様がえ専用とはいえても修補に必要な費用とは断定し難く、さらに五年間使用した浴室が前記根本的な解体修補により新築同様となつたため、建物所有者である被告は、その価格の差だけ建物価格が上昇したことによる利益を受けたというべく、その利益額は損害額から控除すべきである。

以上のように物価上昇差額、瑕疵と因果関係を欠き不必要な修補費用、被告の受けた利益額は、これを正確に算定する資料を欠く。しかし、瑕疵が存し修補を必要としたこと、被告は修補に代るいくばくかの損害を受けたことはいずれも明らかであり、前記のとおり工事内容と支出金額との立証はされているのであつて、かりに専門家に鑑定させても、前記の各金額を算定することは、原告の建築した浴室が解体されてしまい正確な設計図も見当らない関係上、困難であると思われる。このような場合、損害の立証がないと判定することは当事者に過大な立証の負担をかけるもので妥当でなく、裁判所は一切の事情を考慮して衡平の見地からその健全な裁量によつて、右支出金額中修補に代る損害賠償として原告に負担させるのを相当とする金額を決定すべきである。

(4)  損害額

このような見地から原告の負担すべき賠償額は五〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。

7  合計額

以上の損害額を合計すれば、六八三、八七〇円となる。

8  その余の損害

その余の被告主張の支出金員は、前記認定のとおり工事の瑕疵といえないものに関して支出されたから、これを原告に請求できない。

9  相殺契約、相殺の意思表示

(1) 事実

原告被告間に右損害賠償権、立替金債権をもつて右請負代金債権額三、五九〇、八五〇円と対当額で相殺する旨の合意があつたとの証拠はない。しかし<証拠>によれば、被告は昭和四一年六月までに原告に対し右(二)1ないし3、5の債権をもつて相殺の意思表示をしたことが認められる。被告が原告あて昭和四二年五月二日の口頭弁論期日に右(二)4の債権をもつて、昭和四五年一〇月二六日の同期日に右(二)6の債権をもつて、各相殺の意思表示をしたことは訴訟上明らかである。

(2)  相殺の適否

ところで自働債権のうち右損害賠償債権には請負残代金債務と同時履行という抗弁権が付着しているから、民法の一般原則によれば相殺できない筈である。しかし受働債権は自働債権より金額が大きいし、いずれも同一契約から発生した金銭債権であつて、民法五〇九条の場合のように現実に各別に履行されるを要せず、原告は自働債権につき同時履行の抗弁権を失つても何ら不利益を蒙らず、単に後日差額の請求をすれば足りるのであるから、相殺を禁止する実質的理由は何もない。このような場合は例外として相殺を許容することが当事者間に債権関係決済の便宜をもはかるという相殺の目的により適合する。

よつて右意思表示により請負残代金債権は二、九〇六、九八〇円となる。

(三)  修補

1  建築基準法違反以外の瑕疵

(1) 浴室工事の瑕疵の修補(被告の主張(三)1(1))については、すでに被告において必要な修補をとげその立替金および右修補に代る損害賠償等を請求し、これが理由あること前述のとおり(二(一)1、二(二)56)であるから、もはや重ねての修補は不能におちいつたというべく、この部分の修補の請求は理由がない。

(2) その余の瑕疵の主張(被告の主張(三)1(2)ないし(6))が採用できないことは前述したとおりである(二(一)2(1)、二(一)4、二(一)5、二(一)6、二(一)7)。

2 建築基準法違反の瑕疵

(1)  右建物外屋開口部中防火戸を使用しない部分があるとの瑕疵の存在は明らかであるが、これが外壁開口部のどの部分かは特定できない。間仕切壁の瑕疵についてはその内容が明らかでない。非常口の戸が内開きになつていることは瑕疵と判断できる。被告主張のその他の瑕疵は認められない。以上のことは前述した(二(一)9(4)、(二)(一)9(6))。

(2)  被告が昭和四二年六月一三日付準備書面で右瑕疵の修補を請求し、その完了まで残代金の支払いを拒む旨主張し、右書面が当時原告に交付されたことは訴訟上明らかである。

(3)  しかし右防火戸を使用すべき部分と間仕切壁の不完全さの内容とが明らかでない以上、原告の履行すべき修補義務も特定できないから、右二か所の修補完了まで代金支払いを拒む旨の抗弁は採用できない。

(4)  非常口の戸が内開きになつていることは瑕疵に属するから、原告はこれを外開きに修補すべき職務がある。

ところで軽微な瑕疵をとらえて、その修補完了まで、これと著しく均衡を失するほど多額な残代金の支払いを拒むことは、信義則に反し許されない場合があると解される。

右のように非常口の戸を内開きから外開きに変更するには、単に蝶番をつけかえるだけではなく、柱、敷居、鴨居、床面に変更工事を加えなければならない場合もあるけれども、いずれにもせよ、その瑕疵は軽微であり、その修補所要経費は本件負請残代金二九〇万余円に比すれば著しく少額であつて、その修補完了まで右残代金全額の支払いを拒絶させることは信義則に反するから、許されない。

よつて非常口の戸の修補完了まで代金支払いを拒む旨の抗弁も採用できない。

(四)  弁済の猶予

原告が被告主張のように請負残代金の弁済を猶予したとの証拠はない。

三  結論

以上説明のとおり、被告は原告に対し請負代金二、九〇六、九八〇円およびこれに対する建物引渡後である昭和四〇年一一月一日から完済まで年六分の割合による商事遅延損害金を支払うべく、原告の請求はこの限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却し、民事訴訟法九二条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。 (沖野威)

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